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地方独立行政法人 北海道立総合研究機構理事長のつぶやき
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 北海道は日本列島弧の最北端に位置していることから、南からの温く湿度を持った気団は北海道には到達しにくく、北海道には梅雨がない。降水の半ば日高山脈の西側(日本海側)では冬期の積雪であり、東側平野は積雪も少なく、流出の大きな部分は春の脊梁山脈(大雪・日高)の融雪による。従って、川の高水は融雪期に定期的にみられ、蛇行する石狩・天塩などの原始河川沿岸の低湿地帯の災いであった。北海道の主要都市の年平均降水量は1,100mm前後で、東京1,500mm、那覇2,000mmに比べて著しく低く、台風被害はまれである。北海道に住む我々は、1降雨継続で200mmを超える雨が降ると大きな危険を感じる。この夏続けて200mmを超える降水量を持つ台風が3個も続けて上陸し、近隣を通過した2個を加えると5個もの台風とそのなれの果ての温帯性低気圧に見舞われた。

 歴史を振り返ると、台風が本道に直接襲いかかり、北海道開拓が大挫折を受けたのが明治31(1898)96(4日から21に至る)石狩川大洪水で、上川からの本流、支流空知川、夕張川:幌向原野両岸の平地がすべて水没し、石狩川流域に幅40km、延長100km56,000ヘクタールにも及ぶ湖が出現し、死者300名、全壊家屋3,500棟に及んだ。橋も鉄道も流され、耕地の5分の1が失われ、1万人以上の開拓民が北海道を離れ、開拓事業が大頓挫した。早くも9月には、「北海道拓殖に関する治水について」の誓願が北海道協会会頭から内務大臣に出され、10月には北海道治水調査会が設立され活動を始める。岡崎文吉博士の原始河川治水論、結氷河川対応などの論があって、最初の石狩川治水計画が自然河川を意識しながら進行する。この時の台風経路は今回北海道に上陸した3個の台風と殆ど同じである。
 
昭和29(1954)926日、日本海沿岸を北上した15号台風は強力な風台風で、青函航路を直撃し洞爺丸ほかの連絡船を覆没させ、1,115名に及ぶ水難死者をだした日本最大の海難事故を惹起した。その後世界最長の青函トンネルが作られる最大の契機となった。大きな風台風で北海道全域の山林に甚大の被害を及ぼしたが、風台風であったために河川の氾濫や陸上交通の幹線・鉄道に大きな被害はなかった。
 
昭和56(1981)86日に台風12号、23日に台風15号の連続する2台風の集中豪雨の連続により、石狩川全流域に大水害が発生した。札幌都市圏も気象台創立以来の日雨量230mmの豪雨に見舞はれ、明治31年以来83年ぶりに石狩川流域の水田地帯に大水没地帯が出現した。その後北海道開発局はこの降雨と洪水を定規として、連続台風に備えるような石狩川の基本計画を策定し、洪水対策用のダム貯水池、河道掘削、堤防強化、内水氾濫対策としての水門・ポンプ所、遊水池の建設などが大規模に進められた結果、この後平成28年に至るまでの半世紀以上にわたり、北海道は大水害を免れてきた。
 
平成28(2016)8月に至って、北海道で克ってなかった、台風7(817)11(821)9(823)3つが連続して脊梁(日高)山脈南端を目指して太平洋から直接上陸し、十勝地方からオホーツク海に抜けた。3台風の総雨量は500mm以上であり、半径が北海道の半ばを覆う大きな雨台風であった。またその直後に、小笠原沖を迷走していた台風10号が東北の太平洋沿岸(三陸)を襲いそのあと3日間にわたって500mmを超える巨大な量の雨を降らす温帯性低気圧となって渡島半島付近に停滞します。先の3雨台風の連続で極限にまで達していた北海道の全流域の土壌含水率をダメ押し的に高め、急斜面崩壊が全道の各路線・集落で頻発し、上流小河川やオーツク海と太平洋にそそぐ中小河川が氾濫し、それらを横断する多くの海岸国道、JRの線路や橋梁をずたずたに流亡させてしまった。北見・網走・稚内・釧路への鉄道、国道は不通となり、かろうじて札幌-旭川のJRと国道・高速道路と、札幌・釧路(阿寒)への新しい高速道路のみがかろうじて交通を支えている状態になり、9月を迎えます。札幌周辺のみが雨台風被害から免れた状況です。
 
7号による被害は816日から17日にかけてであり、1時間雨量40-45mmによる強度の雨で、石狩川水系千歳川、十勝川などで内水氾濫の危険がありましたがダム群の調整で対処できました。しかしながら、821(11)23(9)が時間をおかずに同じような経路で続いて北海道に上陸してくると状況は変わります。
 
昭和56年台風による石狩川の明治31年以来の大水害を教訓に、北海道の全域に造り続けられた洪水調整ダム群の機能をフルに発揮することと、たゆむことなく続けられてきた捷水路建設、河道掘削、遊水地と分水路の整備などの成果によって、石狩川深川市納内地区と常呂川で逸水による洪水被害が出たほか、金山ダム直下流の南富良野市街中心部が空知川の溢水に見舞われてしまいましたが、昭和56年洪水のような決定的な河川本流の破堤は局限されました。しかしながら、努力は「7119号の3連続台風+迷走台風10号崩れの温帯性低気圧」の居座りすべてを処置するには十分でありませんでした。しかも、雨量が日本で一番少ない道東畑作地帯は農業用排水路網も全くない地帯に、1台風150-200mmの雨が3度間をおかずに来た後に、迷走台風10号の成れの果ての温帯低気圧が居座った結果がこの度の大水害・山崩れです。東は知床羅臼の国道崩壊孤立集落から、北海道の中央山地・脊梁山脈沿いの日勝峠・狩勝峠・石北峠の国道閉鎖、日高太平洋沿岸、オホーツク沿岸、根釧原野、天北・利尻礼文、層雲峡の石狩川、石狩川支流河川などが軒並みに被害を受けました。
 
実りの秋に掘り出した玉ねぎが常呂川の洪水で見るも無残に浮かんでしまいました。玉ねぎ列車を季節運航するJR貨物も石北線の不通と国道もずたずたで、本州のように道路網が多重になっていない北海道の大量輸送の弱点露呈です。また、海岸沿いの普段は水量があまり多くない中小河川が多数溢水し、旧河道に戻ろうと蛇行をしたりして橋台や橋脚を流して橋が沢山被害を受けたのが、小規模のがけ崩れ・土石流による国道被害と並んで気になります。
 
917日現在の被害状況(北海道調べ)は、死者・行方不明:4名、国道・道道:123区間通行止め、鉄道:特急36普通89運休、電気:一部市町村で停電、水道:新得・清水・日高・中標津町の一部で断水、農業被害:12,310ha/2514(本州の1県分より大きい)、水産被害:1,166件、商業被害:340、住宅等被害:全壊12、半壊と一部損壊529、床上浸水:226、床下浸水:352と報じています。
 
このような連続台風が大きなエネルギーを持ったまま北海道に連続的に上陸するに至った理由として、本州沖の太平洋の海水温が高く、台風が減衰せずに北海道まで来たという事の様で、地球温暖化の進行でこれからも再度ありうることが心配されています。ラニーニャ現象によるとも言われていますが、明治31年、昭和29年、昭和56年の北海道にとって歴史を画した大台風群の発現がどうであったかなど歴史気象学・水文学的な理解の進化が望まれます。

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プロフィール
HN:
丹保憲仁
年齢:
85
性別:
男性
誕生日:
1933/03/10
趣味:
カメラ
自己紹介:
・主な経歴
 水の安全保障戦略機構議長
 日本水フォーラム副会長
 北海道大学名誉教授(第15代総長)
 放送大学名誉教授(第5代学長)
 第89代土木学会会長
 第2代国際水協会会長
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